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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)866号 判決 1987年5月14日

控訴人・附帯被控訴人(原告)

守屋三男

被控訴人・附帯控訴人(被告)

新津勲

ほか一名

主文

原判決中被控訴人(附帯控訴人)両名に関する部分を左のとおり変更する。

被控訴人(附帯控訴人)両名は、控訴人(附帯被控訴人)に対し、各自金四〇八八万四三二一円及びこれに対する昭和五六年三月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人(附帯被控訴人)のその余の請求をいずれも棄却する。

被控訴人(附帯控訴人)両名の附帯控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて三分し、その二を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)両名の負担とする。

この判決は主文第二項につき仮に執行することができる。

事実

一  控訴人(附帯被控訴人。以下単に「控訴人」という。)代理人は、「原判決中被控訴人(附帯控訴人。以下単に『被控訴人』という。)らに関する部分を次のとおり変更する。被控訴人らは、控訴人に対し、各自金一億二五〇一万六八九七円及びこれに対する昭和五六年三月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人らの附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宜言を求め(なお当審において、右のとおり適法に請求を減縮した。)、被控訴人ら代理人は、「本件控訴を棄却する。附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取り消す。控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者の主張は左記のとおり訂正、追加するほか、原判決事実摘示第二(ただし、一審被告株式会社昭和石材工業所にのみ関する部分を除く。)と同じであるからそれをここに引用する。

(原判決の訂正)

1  原判決三丁裏三行目と四行目との間に「なお、被告日協は昭和五八年七月二七日、被控訴人株式会社日協運輸(以下『被控訴人日協』という。)に組織変更した。」を、同四丁表三行目と四行目との間に「なお、その余の治療費については、別紙のとおり自賠責保険及び労災保険より全額支払を受けた。」を、同一〇行目と一一行目との間に「なお、職業付添人の付添費については、別紙のとおり自賠責保険及び労災保険より全額支払を受けた。」を、各加入し、同裏九行目「二二才」を「二二歳」と訂正する。

2  同五丁表末行「金三五二万三二九六円」を「金二九六万七八八二円」と訂正し、同裏一行目「ところ、」の次に「本件事故により、」を加え、同二行目「については」を「一三七四日間の入院治療・休業を余儀なくされ、右期間中金八八二万一〇八〇円の休業損害を被つたが、このうち、」と、同四行目「の給付」以下同五行目「となる。」までを「給付金五二八万四九四四円の支給を受け、また、昭和五七年一月七日、自賠責保険より休業損害金五六万八二五四円の支払を受けた。したがつて、控訴人の右期間の休業損害は差引き金二九六万七八八二円となる。」と、各訂正し、同八行目と九行目との間に「なお、本件事故により控訴人が被つた全損害額、労災保険等による損害補填分及び本訴請求額の関係は別紙のとおりである。」を加入し、同九行目「金一億二五五七万二三一一円」を「金一億二五〇一万六八九七円」と訂正する。

3  同六丁表三行目「後退、誘導し、」を「後退させ、」と訂正し、同六行目「事実は」の次に「組織変更の点を含め、すべて」を加え、同一一行目「不知、もしくは争う。」を「損害補填の点を除き、争う。損害補填の事実は別紙『損害補填分』欄の記載を含め、すべて認める。ただし、治療費として支払われた合計金額は金二四八九万二四二七円であり、その内訳は、赤十字病院分として自賠責保険より金三三万〇五〇〇円、労災保険より金三三万六七二〇円、温泉病院分として労災保険より金一九二四万九八九〇円、箱根病院分として労災保険より金四九七万五三一七円である。」と訂正し、同裏二行目「ついても」の次に「善良な管理者としての」を加える。

4  同七丁表三行目と四行目との間に「以上の諸点にかんがみ、控訴人の過失は被控訴人新津の過失を明らかに上回つており、本件事故による損害賠償額の算定に当たつては少なくとも六割以上の過失相殺がされるべきである。」を加入し、同四行目「自賠責保険」以下同五行目「いる。」までを「自賠責保険及び労災保険より、治療費として小計金二四八九万二四二七円、職業付添人の付添費として金三四二万二一九〇円、入院雑費として金五万一〇〇〇円、休業損害として金五八五万三一九八円、以上合計金三四二一万八八一五円の支払を受けているので、控訴人の全損害額から、被控訴人主張の過失割合相当額を控除し、さらに右受領額合計金三四二一万八八一五円を控除すべきである。」と、同八行目「誘導をする」を「誘導する」と、同裏一行目「事実中、」以下同三行目「その部分は」までを「事実は、治療費として受領した額並びに受領合計額を除き、認める。別紙のとおり、治療費として受領した額は金二四八四万六一五〇円、受領合計額は金三四一七万二五三八円である。ただし、これらの受領分は」と、各訂正する。

(控訴人の当審における補足主張)

控訴人は、本訴において、受領した労災保険給付と同一の事由による損害を一円たりとも請求していないのであるから、控訴人の過失の有無・程度にかかわらず、右労災保険給付を控除することはできないというべきである(以下、この見解を「非控除説」という。)。

仮に、右控除が許されるとしても、交通事故の被害者に過失が存在する場合、その被害者が受領した数種類の労災保険給付の控除方法並びに右控除と過失相殺の順序については、過失相殺前に、右各種保険給付と同一の事由による各損害の項目ごとに、損害から保険給付を控除し、しかるのちに過失相殺をすべきである(以下、この見解を「項目別控除説、控除後相殺説」という。)。その理由は大要次のとおりである。

1  労災保険給付は、労働災害のもたらす悲惨から労働者を救済するために発展してきたものであつて、労働者の生存権保障(憲法二五条)に立脚し、社会保障の精神に根ざすものである以上、より補償に厚い控除後相殺説が右精神に合致し、採用されるべきである(労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)一二条の二の二参照)。

2  過失相殺の目的は被害者側の過失を非難して要賠償額を真実の賠償額以下の額で定めることにあるのに対して、被害者が受領した労災保険給付の控除の目的は、真実の賠償額を発見することにあるのであるから、その順序もまず労災保険給付の控除を先にすべきであり、真実の賠償額が決まつた上で、加害者と被害者との損害の公平な分担という見地から過失相殺をすべきである。

3  労災補償は、労働者の被つた財産上の損害の填補のためにのみされるものであつて、精神上の損害の填補の目的を含むものではないから、被害者が受領した労災保険給付を慰謝料から控除することは許されないというべきである(最高裁判所昭和五八年四月一九日第三小法延判決参照)。そこで、この考え方を推し進めれば、労災保険給付の控除は、右保険給付と同一の事由による財産上の損害の各項目ごとにされるべきである(項目別控除説)。

(右主張に対する被控訴人らの認否・反論)

控訴人の右主張は争う。

被控訴人らの反論の要旨は以下のとおりである。

1  被害者側に過失が存在する場合の不法行為による損害賠償額の算定は、まず全損害額を確定の上、それから過失割合相当分を控除した額より既弁済額を控除するのが最も合理的な方法であり、支給ずみの労災保険給付が右弁済に充当されることも判例上確立しているところである。

2  労災保険制度の第一次的かつ基本的な性格は、労働災害についての災害補償の代行であり、被災労働者の損害の填補のための制度であつて、労災保険の受給権者に対する第三者の損害賠償義務と政府の労災保険給付の義務とは、相互補完関係にあり、同一事故による損害の二重填補が認められるものではない(最高裁判所昭和五二年五月二七日判決参照。なお、その後新設された労災保険法六七条参照。)。したがつて、労災保険給付金は、損害賠償法理の一般原則に照らし、他の損害填補と同様に扱うことが要請されているものというべく、過失相殺ののちに控除することが正しい解釈といわざるを得ない。

3  右のとおり、労災保険給付金も他の損害填補と同様に扱うべきである以上、財産上の損害であれば、各項目別にではなく、全体として労災保険給付金により填補されたものとして控除すべきである。

三  証拠関係は本件記録中の書証目録、証人等目録の記載を引用する。

理由

当裁判所は、本件全資料を検討した結果、控訴人の請求は主文第二項記載の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、左記のとおり加除訂正するほか、原判決理由説示(原判決七丁裏一一行目以下同一五丁表二行目「棄却することとし、」まで。ただし、一審被告株式会社昭和石材工業所にのみと関する部分を除く。)と同じであるからそれをここに引用する。

一  原判決八丁表一一行目「おいて、」の次に「本件事故前日(昭和五六年三月二八日)の午後八時頃から、」を加え、同裏五行目「運んでいたが、本件事故の際も、」を「運んできたものである(なお、本件工事現場に赴いたのは本件事故当日がはじめてであつた。)が、本件事故の際、」と、同九丁表一〇行目「命じた」を「した」と、各訂正する。

二  同九丁裏一行目「気付かなかつた。」の次に「そして、被控訴人新津は二度目の後退の途中、控訴人の姿を全く見失い、かつその声などによる指示も確認しなかつたにもかかわらず、加害車を一時停止することなく、そのまま人が歩く位の速度で後退しつづけたものである。」を加え、同行「かけて後に」を「かけたのちに」と訂正し、同三行目「あつた」の次に「(加害者のルームミラー及び運転席後部のぞき窓からは、荷台プロテクターに遮られて真うしろを見ることができず、被控訴人新津が自ら加害者の左右後方を確認するためには、左右のサイドミラーによつてするか、運転席窓等から顔を出す以外、方法がなかつた。)」を加え、同九行目「運転すべき義務がある」を「運転すべきであり、ことに、加害者の仕様構造上、加害者の後退方向真うしろは全くの死角となるのであるから、二度目の後退の途中、誘導員たる控訴人の姿を全く見失い、かつその声などによる指示も確認しなかつた段階においては、その真うしろにいかなる障害物・危険があるやも知れず、したがつて直ちに一時停止して後方の安全を確認すべき注意義務があり、もし、被控訴人新津が右注意義務を尽くしていたとすれば、叙上認定の加害者の速度、本件標識灯及び控訴人の各位置と、加害者との各距離関係等にかんがみ、本件事故の発生を未然に防止し得た」と、同一〇行目「またその」を「その姿を見失つた時点で一時停止して後方の安全確認をすることなく、また、控訴人の死角に入る前の」と、各訂正する。

三  同一〇丁表一行目「誘導すべき」の次に「職務上の」を、同二行目「場合には、」の次に「それが可能な段階で」を、同五行目「等は」の次に「、身の安全上」を、それぞれ加え、同五行目「被告新津本人尋問の結果によれば、」を「前叙のとおり、」と改め、同六行目「ことが認められる」及び同七行目「るから」を各削除し、同九行目及び一〇行目全部を「そこで、叙上の被控訴人新津及び控訴人の各過失の態様・程度、それが本件事故発生の原因となつた度合い等を総合勘案すれば、被控訴人新津の過失割合が控訴人の過失割合を上回るものというべく、右過失割合は控訴人四、被控訴人新津六と認めるのが相当である。」と、同裏五行目「については、」を「、被告日協の被控訴人日協への組織変更については、いずれも」と、それぞれ改める。

四  同一一丁目表三行目「判断する。」の次に「なお、損害の填補についてはのちに一括判示する。」を加え、同五行目「一一、第一一号証の一ないし九、」を「一二、第一一号証の一ないし九、第一八、第三六号証の各一、二、」と訂正し、同九行目「やむをえなかつたこと」の次に「、その余の治療費については、別紙該当欄記載の各金額合計二四八四万六一五〇円を要したこと(ただし、箱根病院の治療費は、正確には金八六三万一七八七円で控訴人主張額を上回るが、控訴人は本件事故による全損害として別紙のとおり主張しているので、控訴人の主張額である金七四五万七三五〇円による。)」を加え、同一二行目「前掲甲第四号証の一ないし一一、」を「別紙の『職業付添人の付添費』の損害補填分金三四二万二一九〇円は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と前顕甲第四号証の一ないし一二、」と訂正し、同末行「九、」の次に「第一八号証の一、」を加える。

五  同一一丁裏五行目「受けざるをえなかつたこと、そのうち」を「受けざるをえなかつたこと、そして、控訴人は、右期間中の職業付添人の付添費として別紙該当欄記載の金三四二万二一九〇円を要したこと、また、」と訂正し、同六行目「右期間中」の次に「、近親者の付添費として」を、同七行目「七二万六〇〇〇円」の次に「、職業付添人の付添費として金三四二万二一九〇円」を、それぞれ加え、同九行目「(原告は」以下同一一行目「判断する。)」までを削除し、同一二丁表一行目から二行目「少なくとも金九一万八〇〇円を下らない。」を「金九六万一八〇〇円である。」と、同裏三行目「二三才」を「二三歳」と、同四行目「稼動能力」を「稼働能力」と、各訂正し、同一三丁表一二行目「により」の次に「守屋林が」を加え、同一四丁表三行目「稼動」を「稼働」と訂正する。

六  同一四丁表六行目以下同裏八行目まで全部を左記のように改める。

「10 以上1ないし9の控訴人の本件事故による全損害の合計は金一億一九〇〇万五二二八円となる。叙上認定を越えて控訴人主張の損害額を認容するに足りる証拠はない。

七  さらに損害の填補等について検討する。

当裁判所は、交通事故の被害者に過失が存在する場合において、当該被害者が受領した数種類の労災保険給付の控除方法並びに右控除と過失相殺の順序については、当該被害者の交通事故による損害の全額から、まず過失割合による減額をし、次いで、減額された右損害中の財産上の損害に、当該被害者の受領した労災保険給付を損害の填補として充当すべきものと判断する(労災保険法一二条の四、六七条参照。また、最高裁判所昭和四八年四月五日第一小法延判決・民集二七巻三号四一九頁、同五二年五月二七日第三小法延判決・民集三一巻三号四二七頁、同五八年四月一九日第三小法廷判決・民集三七巻三号三二一頁参照。)

控訴人は、この点につき、前記非控除説、あるいは項目別控除説、控除後相殺説によるべきである旨主張するが、その所論は採用できない(なお、控訴人が本件事故による全損害の主張立証をしていることは記録上明らかである。)。

そこで、控訴人の本件事故による前叙損害の全額金一億一九〇〇万五二二八円から、まず控訴人の前記過失割合(四割)による減額をすれば、その総額は金七一四〇万三一三六円(円未満切捨て)、このうち財産上の損害は金五七六〇万三一三六円、精神上の損害(慰謝料)は金一三八〇万円となる。

ところで、控訴人が自賠責保険及び労災保険より、治療費として少なくとも金二四八四万六一五〇円、職業付添人の付添費として金三四二万二一九〇円、入院雑費として金五万一〇〇〇円、休業損害として金五八五万三一九八円を各受領したことはいずれも当事者間に争いがなく、前顕甲第一八、第三六号証の各一、二によれば、控訴人が労災保険より治療費として支給を受けた療養補償給付金の内訳は、箱根病院の治療費としての分が金八六三万一七八七円であるほかは、別紙のとおりであることが認められるので、右治療費として支払われた療養補償給付金及び自賠責保険からの治療費の損害賠償金の合計は、金二六〇二万〇五八七円である(右金額は、被控訴人らが弁済の抗弁として主張する治療費分金二四八九万二四二七円を超える。)。そうすると、控訴人が損害の填補として受領した金員として、被控訴人ら主張の治療費分二四八九万二四二七円、その余の損害分(前記争いのない職業付添人の付添費分、入院雑費分、休業損害分)の各金額を合算した合計金三四二一万八八一五円につき控除を主張する、被控訴人らの弁済の抗弁は全部理由がある。

よつて、控訴人の前記財産上の損害金五七六〇万三一三六円から右金三四二一万八八一五円を控除すると、金二三三八万四三二一円となり、これに控訴人の前記慰謝料金一三八〇万円を加算して、結局、控訴人が本件事故による損害賠償として、被控訴人らに対し連帯して請求し得べき金員(弁護士費用を除く。)は金三七一八万四三二一円となる。」

七  同一四丁裏一〇行目「三二〇万円」を「三七〇万円」と、同一一行目及び同一五丁表一行目の各「被告日協」をいずれも「被控訴人日協」と、同一四丁裏一二行目「三四八九万二一〇七円」を「四〇八八万四三二一円」と、同一五丁表二行目「棄却することとし、」を「棄却すべきである。」と、各訂正する。

してみれば、控訴人の請求は前記主文第二項記載の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべく、これと一部異なる原判決中の被控訴人らに関する部分は右と異なる限度で不当であり、右と符合する限度で相当であつて、本件控訴は一部理由があるので、右原判決部分を前記主文第二項のとおり変更し、本件附帯控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して(訴訟費用の負担についての仮執行宣言は不相当であるからこれを付さない。)、主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤静思 奥平守男 橋本和夫)

別紙

<省略>

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